正確な誕生日は不明ですが…
ウチの猫たちは代々、正確な誕生日が分かりません。
先代の三兄妹は公園に棄てられていたところを私が拾った猫たちですし、姫ちゃんは保護猫ボランティアさんが街で保護した猫で、私が譲り受けました。いずれも誕生日は不明です。
先代の三兄妹は5月半ばに生後二週間くらいで保護したので、初めて動物病院に行った時に便宜的に誕生日を5月5日の「子どもの日」に設定しました。(姫ちゃんは女の子なので3月3日の雛祭り)
いくら私が忘れっぽくでもこれだけは忘れません。子どもの日が来るたびに三兄妹のことを思い出します。
正真正銘の乳飲み子
生後二週間ですから、目もよく見えてないし、「ちぃー」「にぃー」みたいな甲高い声で鳴いてました。ゴハンも食べられない、自力でトイレも出来ないという正真正銘の乳飲み子。哺乳瓶でせっせとミルクを与え、お尻を濡れティッシュでぽんぽんして排泄を促して…と本当に手がかかりました。

この300gの幼猫が8キロ近くにまで育つとは…
成猫になると自分で時間を過ごせますし、老猫になると病気さえしなければ物凄く静か。それに比べて子猫は「構って」とか「遊んで」とかで手がかかるのですが、そんな子猫に比べると比較にならないくらい乳飲み子は手がかかります。それくらい大変でした。
哺乳瓶から離乳食になった時は本当にラクになりました。
そんな乳飲み子が出来ることが一つ一つ増えていくのは本当に楽しかったし嬉しかったなあ…自分でトイレに行けるようになった、離乳食を食べた、カリカリを食べた、箱をよじ登った…一つ一つが愛しいイベントでした。
初めての猫は初恋の人のようなもの
「初めての猫は初恋の人のようなもの」だと思っています。
初恋の人というのは、恋愛の作法も何も分からない未熟な自分が出会った相手です。うまくいかなくて当然、でも全力でした、自分なりに。
そういう感じが、初めて飼った猫ともよく似ていると思います。三兄妹を保護したときは、猫を飼うのが初めてでした。ミルクのやり方も、濡れティッシュでお尻ぽんぽんするトイレも、ゴハンの選び方も、本を読んだり獣医師さんに聞いたりしながら全部手探り。今の自分が見たら「もっとこうしてやれたのに」と思うことも正直たくさんあります。でも、その当時の自分が持てるすべてを注いでいたことも事実です。
初恋の相手に対するような、あの「未熟だったけど本気だった」感覚。三兄妹を思い出すとき、いつもその感覚が蘇ります。
ちなみに、私は初恋の人とは何十年かぶりに再会したことがあります。喫茶店でコーヒーを何杯もお代わりしながらずいぶんと長い間、それぞれのこれまでの人生を話しましたが楽しかったですよ!
三兄妹、今でも会いたいです

BestShot_2017
左の茶トラが長男猫、真ん中が長女猫、右端のキジ白が次男猫。長女猫は写真映りがホントに悪い猫だったのですが、この写真は本当に可愛く撮れてて気に入っています。
長男猫はドアハンドルに飛びついてドアを開けたりする活発なタイプで、私の足元にまとわりついてはニャーニャー鳴いたりと構ってチャンでおしゃべり。
長女猫はプライドが高く、呼んでも来ないくせに、無視すると机の上のものを一つずつ床に落として注意を引くという実力行使に出るタイプ。
次男猫はマイペースに存在していましたが、賢くてイタズラのレベルも高かった…茶トラーズが居なくなってからはかなりの甘えん坊に変貌しました。それまで我慢していたのかな…
3猫がぎゅっと重なり合った「猫団子」は、我が家の日常の風景でした。当時は日常の光景でしたが、今となっては恋しくて仕方ありません。
この手の話の時に、思い出すのはこのポスト。
いつもよりも三兄妹の上にじゃんすかとお花が降ってくれるといいな。
地上のひとが故人を思い出している時、天国にいるそのひとの上にお花が降るんだそうです…というはなしをきいたので描きました。 pic.twitter.com/ZFKiBlTn1j
— 治島カロ (@kijincalo) January 30, 2021

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