【猫】次男猫の初盆−帰ってきたみたいですよ

1 猫
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次男猫の初盆

7月に亡くなった次男猫にとっては初盆です。長女猫と長男猫にとっては2回めのお盆となります。盆の入りから、いつもよりも頻度を高めにお線香を焚いて、道に迷わないしていましたが、どうやらちゃんと帰ってきたようです。

霊感の無い私、残念ながら姿や形を確認することはできませんし、声を聞くこともありません。ただ、これまでのなんにもない家に比べて、家に猫が居るという気配を感じます。なんとなく懐かしい、穏やかな空気感があります。これはこの1ヶ月以上、我が家で失われた雰囲気です…

猫の気配が無いほうが私にとっては違和感あるので、今のこの空気感のほうが普通なのですが、居ないはずの猫の気配を喜ぶのはある意味、ちょっと頭がおかしいと言われても仕方ないかもしれませんけど…

死ぬということの認識

長女猫や長男猫が亡くなったときは、まだ次男猫が存命だったこともありますが、家の中は、まだ猫の気配が色濃い状態でした。きっと、長女猫と長男猫は自分が死んだことがよく分かっていなかったのかもしれません。慢性腎臓病ではありましたが亡くなったのは急だったし…

火葬して見送ってからも、しばらくは家の中のそこいらで佇んでいる気配がありました(姿は見えないけれども猫トイレの前でちんまり座っていた!)し、空耳かもしれませんが、長男猫がとことこ歩く足音が聞こえたような時もありました。早くこっち来いよと次男猫にちょっかいを出していたのか、次男猫が体調を崩すこともちょいちょいありました。しばらくすると、その気配も薄れていったのですが。

しかし、そういうのを経験していたからか、次男猫は亡くなった後は気配を残すことはありませんでした。さっぱりと気配を消えたので、飼い主としては良し悪しでしたけど…次男猫らしいといえばらしいのですが、もうちょっと未練みたいなものを残してくれても良かったのに。ただまあ、虹の橋のたもとで兄妹とは無事に会えたのだろうと思っています。あの日からウチには帰ってきていなかったので。

いつもよりもたくさん思い出します

お盆が近くなってきたので、三兄妹のことをいつもよりもよく思い出してました。あんなことをしてたとか、こういうときはこんな顔をしていたな、とか。看病介護期のことはよく覚えているのですが、それ以前の忘れてたこと(何気ない日頃の一コマとか)を思いだしたり。

夏になると外が明るくなった早朝に私が寝ている布団の周りをウロウロして「朝だぞ起きろ」と鳴き喚く長男猫のこととか。

茶トラ兄妹は掛け布団の上で寝るのが好きでしたが、布団の中で寝るのが好きで、枕元に立って「布団に入れてください」と催促するために枕をカキカキした次男猫

慢性腎臓病のステージ3後半から末期になると、ホントに食べなくなりましたが、それまではよく食べる猫たちでした。置き餌はあるのに、朝になると「メシの支度をしろ」と起こしにくるのが常で、私の顔を猫パンチした長女猫。彼女の場合、最初は肉球パンチですが、起きないと爪を出して叩く鼻の穴をひっかくという厳しい娘でした…

当時はうるさいと思ったものですが、今になって思えば幸せだったな…。

お盆っていいもんですね、こうして故人(故猫)のことを偲んで、思い出して、幸せな気分になるのですから。お別れした悲しみはあるのですが、それ以上に、思い出に浸る時間をつくるというのは悪くないもんだなと改めて思っています。

お花を降らせましょう

弊ブログでは以前にも紹介したことがありますが、私の大好きなお話。

皆さんがこれまでに会ったり暮らしたりした猫さんのことを思い出すと、きっとたくさんのお花がたくさん天国の猫ちゃんの上に降ってきていると思います。

日頃はお忙しいとは思いますが、お盆ということで、虹の橋のたもとに居る猫ちゃんたちのことをちょっと思い出してみてください。

ここんとこ、猫友さんとこやTwitterのフォロワーさんとこの猫ちゃんも結構行っちゃってるからなあ…虹の橋のたもとの広場では顔見知りが増えてそうです。

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