久しぶりに読み返した看取りブログ
本日、7月6日、次男猫が旅立って5年になります。先日、次男猫の看取りブログを久しぶりに読み返しました。
次男猫は、晩年に慢性腎臓病と闘い、19歳2か月で旅立ちました。当時は毎日が必死で、食べるかどうか、水を飲むかどうか、今日を乗り切れるかどうか…そんなことばかり考えていました。
しかし5年という時間が経った今、改めて記事を読み返して驚いたことがあります。病気のことよりも、次男猫の仕草や表情ばかりが思い出されました。
次男猫は、亡くなる前日、お気に入りだった場所をひとつずつ巡っていました。ゆっくり歩いては立ち止まり、しばらく眺める。そしてまた次の場所へ向かう。

最後に風呂場へ行き、かつて飛び乗っていた浴槽の蓋を見上げていました。もう跳べないことを、彼自身がよく分かっていたのでしょう、あの何とも言えない次男猫の顔を、私は泣き笑いの気持ちで思い出してました。
そして今、シニア猫や病猫の介護をしている方に伝えたいことがあります。
猫は私たちが思っている以上によく分かっています。
そして今の大変な時間は、いつか必ずかけがえのない宝物になります。
猫は本当に「単独行動の動物」なのか
猫はよく「単独行動の動物」と言われます。犬のような群れの動物ではないため、他者との関係は希薄だと思われがちです。しかし三兄妹と暮らした経験からすると、そう単純ではないように思います。
感情表現が豊かな長男猫、一見クールですが実は嫉妬深い長女猫、そして賢くて控えめな次男猫。
17年以上、三兄妹は絶妙な距離感で暮らしていました。誰が先に甘えるのか、誰が少し譲るのか、誰が我慢する役なのか…彼らは言葉を使わなくても、驚くほど家の空気を読んでいました。次男猫はきっと長い間、自分の気持ちを少し後回しにしていたタイプでした。

まあ、たまに見解の相違が生じてケンカになりましたが…
兄妹を失った猫と、家族を失った飼い主
晩年、長女猫が体調を崩して足腰が立たなくなり、その後を追うように長男猫も体調悪化…私は二人の介護に追われる毎日になりました。その間、次男猫はじっと見守っていました。自己主張することなく、兄妹に寄り添うように過ごしていました。

そしてある日、2匹は同じ日に相次いで旅立ちました。17年以上一緒にいた長女猫と長男猫が突然いなくなって、家の空気は一変しました。
私は大きな喪失感に包まれました。しかし次男猫もまた同じように戸惑っていました。
いつもいた兄妹がいない、なんだか静かで、なんだかうすら寒い家、元気のない飼い主。
今思えば、私と次男猫はあのいかんともしがたい喪失感を確かに共有していたように思えてなりません。そして、そのことで私自身がかなり救われたのは間違いありません。
最後の1年半で見せてくれた本当の姿
兄妹がいなくなってしばらくすると、次男猫は急に甘えん坊になりました。
隣に座る、膝に乗る、抱っこをせがむ、私の枕の上を陣取る…
それまで見せなかったような甘え方をするようになりました。17年間遠慮していた気持ちが、ようやく表に出てきたのかもしれません。シニア猫になると、若い頃より甘えん坊になる猫がいると言いますが、年を取ったからなのか、不安だからなのか、それとも「今なら甘えていい」と思ったからなのか…理由は分かりません。

しかし私にとって、その最後の1年半は19年間の中でもっとも濃密な時間になりました。不思議なことに、元気だった頃の何年分もの記憶よりも、この1年半の方が鮮明に残っています。
介護や看病の時間は、とても濃い時間なのです。
今、看病・介護をしている方へ
もし今、シニア猫や病猫の介護をしていて、つらい毎日を送っている方がいるなら伝えたいことがあります。
猫はちゃんと分かっています。
自分の体のこと、家の空気、そして飼い主が心配していること…
次男猫は亡くなる前日、家の中をゆっくり歩いて眺めてため息をついてまた次の場所へ…今思えば、家に別れを告げていたのかもしれません。

猫はにんげんの言葉を話さないので、本当の気持ちは分かりません。それでも長く一緒に暮らした人なら、「あの子はきっとこう思っていたのではないか」と感じる瞬間があるというのはお分かりいただけると思います。
介護中は苦しいこともあります。眠れない夜もあります。食べないことに落ち込み、数値に一喜一憂し、自分を責めることもあります。
でも、その時間は決して無駄にはなりません。
いつか猫が旅立った後、その日々は驚くほど大切な記憶として残ります。だからどうか、今の時間を恐れないでください。
猫はあなたが思っている以上によく分かっています。
そしていつの日か、「どうしてあの時にこうしてあげなかったのか」「もっとああすれば良かった」「もっと出来ることはあった」とご自身を責める日が来ます。それと同時に、「あのときは大変だった。でも、あの子と過ごした最高の時間だった」と振り返ることと思います。
そう思える日が、きっと来るはずです。
今も時々、あの日の次男猫が浴槽の蓋を見上げていた姿を思い出します。


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